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unityさん、皆さん、こんにちは。
相変わらずの僧院暮らし、じゃない、病院暮らしの日々ですが、季節が秋になってしまいましたね。「悟りとアセンション」という名前からほど遠い?毎回の、まるで介護日記みたいな書き込みですみません。
父親は結局血が止まらず。元のひじの傷は良いのですが、今度は手術でカテーテルを腹部にまで入れた上腕部からの出血が、1日あたり200〜300CCあります。先週の月曜日に7回目となる止血手術をする予定が、父親の発熱で中止。連休が入るので、その間手術が出来なくて未定となってしまいました。おまけに夜中の独り言は相変わらず(笑)僕も眠剤(睡眠薬)を持って行ったのですが、なぜか使うのはやめて父親に付き合うことにしているため、睡眠不足の毎日となってしまい、精神的にも肉体的にもかなり疲れている感じとなってしまいました。面白いことに、あまり興味のなかった食べるということに楽しみを見出して(笑)、昼は何を食べようか、夜は何をたべようかと、実にシンプルな欲望に包まれています。
水曜日の夜中・・・・。月曜日に手術出来なかった父親は、上腕部分の傷の周り、内部にたまった血が腕の中の太い神経を圧迫して痛みで大変でした。当直の先生が注射器で、内部の血を少し抜いてくれたり、痛み止めの薬で痛みは治まり、明け方は何か食べたいと騒いで、バナナやカロリーメイトなど食べて落ち着きました(笑)
痛みに苦しみ、処置している間、「これなら死んだほうが良い!」と大声で叫ぶ父親の手を握りながら思ったのは、父親に対する僕の執着でした。治って欲しい、治って家に帰って、また一緒にのんびり暮らしたい。 入院してからいつもそんなこと思っていたし、朝晩、神棚の神様に向かって、そんなことをお祈りしていました。 でもこれって、単なる僕の願望、執着でしかないのかも? ・・・そんなことを想いました。
もっと後ろに下がって見ればどうだろう? 大いなる者、神様とか宇宙規模の視点から眺めたらどうだろうと想いました。そして、父親を手放すことにしました。 大いなる者の手にゆだねることにしました。 父親が生きるも死ぬも、どちらも素晴らしい命のひとつの流れだと想いました。人は生まれ、育ち、やがて老いて去って行く・・・。こんなことを昔からずっと繰り返して来たんですよね。命は不思議。そう想う自分もまたその命・・・。
といって、見捨てるわけじゃなくて、大いなる者の御心に叶うならば、父親の今回の人生での天命が、出来る限り穏やかに果たされて行くようにと祈ってはいます。 僧院ライフはまだまだ続きそうです・・・☆
画像は、先日購入した、電動アシストの自転車で気分転換に行って来た、家の近くの天龍川の河口です。近くでは、モーターパラグライダーで遊ぶおじさん達がいました。この星は美しいですね♪
追記1:木曜日・・・。入院生活でのストレスと、腕の傷の痛みや、いつまでも出血が止まらないというストレスから、主治医の先生の前で、家に帰りたいと泣いてしまったお父ちゃん。金曜日には、外出許可がおりて一時帰宅できました。家に帰るとまた、嬉しさから泣いてしまいました。僕的には、何処に行ってもあるのは「今、ここ」だと思うけど、やはり自分が暮らしていた場所が1番良いようですね。
追記2:昨日、昼夜逆転の目覚ましに、父親を病棟の見晴らしの良い場所に連れて行き、父親にはラジオを聞かせて、僕はウォークマンで、以前、ツタエさんに会った時、ツタエさんから頂いた、福澤もろさん ( http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A6%8F%E6%BE%A4%E3%82%82%E3%82%8D )の「HOLY NIGHT」という作品を聴きました。それがまた凄く心に響く作品、歌声で、感動してしまいました。そして、両手を上げて拡げて伸ばし、手のひらで宇宙を感じ、「大いなる宇宙よ、我が父に祝福を・・・☆」なんて言ってしまいました。誰かが言っていましたが、空からは陽気が降っている、そんな気持ちがしました。また、この日のために、もろさんのテープがあったような気がしました。ツタエさん、テープをどうもありがとうございました。改めて、もろさんに感動しました。
今日は、海の上の太陽を見ながらこんなこと想いました。
「すべての命に祝福を・・・☆」
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