「ココロの親父」の縁側で話しましょうか。HUMMING PAPAさんへのイラスト、お仕事に関するお問い合わせもご遠慮無く。
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足湯
投稿者:
瞬間フレッシュ
投稿日:2009年 9月28日(月)09時39分19秒
返信・引用
近所のホームセンターにある「 足湯 」
ここの社長さんはきっと太っ腹なんでしょうね。
Om Mani Padme Hum(2)
投稿者:
ココロの親父
投稿日:2009年 9月27日(日)17時19分22秒
返信・引用
編集済
字幕で英語の歌詞が出て来るのがあり難いですね。
とても美しい歌詞です。
何時も見ていた、今は居ないお姐さんのドラムの音が何時か空から聞こえてくる
「オンマニペードムフム」と語りかけてくる
と言う感じでしょうか....
「オンマニペードムフム」と言うのは、
所謂大仏様、毘盧遮那仏が宇宙の中心から唱えている歌の響きが
円波の様に天地尽十六方に拡がって居る様、
その響きを宇宙原音といいまして、
総てがこの原音「オウム」の響きから生まれている。
そのオウムと言うのは
「オン・アモギャー・バイローキャーナー・マハムドラー・マニペードム
ジェバラー・プラヴァルス・ターヤー・ウン」と言う
所謂光明真言ですね。
きっとみなさんの実家の仏壇の引き出しにある檀家用のお経本には出ていると思います。
意訳は省略しますが、
日本の言葉で言うと「あおうえい」の五音が同時に宇宙に鳴り渡っている。
この響きに唱和する事で、
総ての言葉の音の中に宿っている魂(母音)が浄められて行き
コトバから生まれてくる宇宙の総てを浄化して行く事になる。
(子音がボディとせば、母音の魂が宿る事で初めて存在に入る、生きる)
総てのマガコト、世の乱れはコトバの乱れから来ている。
母音の整った美しいコトバを心掛けたり、
「あおうえい」と言っても良いし「オウム」と言っても良いし、
「オンマニペードムフム」、あるいは上記の長い光明真言を思い起こしてもいい。
CO2浄化にはならないかもしれないけれど、
昨日世界のアチコチで呟かれた「このやろー」の雲を少し昇華させてくれるかも知れません。
朝陽と顕れては
総てを励まし
日中は視界の外に消えておりながら
総てを育み
総てを生かし
総てを支え
夕陽と顕れては
総てを労い労り
総てを許し...
そう言う親心の中心神のみ声に唱和する
思い起こしたらやってみて下さい。
唇の端に、
心の片隅に...
信号待ちの時なんかにでも、無心にもなれるしね。
Om Mani Padme Hum
投稿者:
ココロの親父
投稿日:2009年 9月27日(日)16時45分33秒
返信・引用
編集済
Sister Drum - Dadawa
http://www.youtube.com/watch?v=tB0dUquHSQU&feature=related&fmt=18
これはDaDaWaの「sister Drum」に収録されている
確か「VOICE from the sky」と言う曲。
もう長い事探して居たが、同名のタイトル以外でさっきやっと見付けました。
この曲のモチーフになっているのは「Om Mani Padme Hum」の聖語で
CDで聞くと冒頭の朗々たる聖語が延々夜明け前のクンドゥンの空に響き渡る絵が浮かぶ。
是非シェアしたくてここにUPしておきます。
目を閉じてどうぞ。
jijiさんに伝言
投稿者:
ココロの親父
投稿日:2009年 9月27日(日)04時07分16秒
返信・引用
編集済
どうもniralaさんだけではなかったようです。
先ほどsnowyさんとおっしゃる方からjijiさんに宜しくとのメールが届いてました。
一文さんのところでのご質問に漏れなくお答えいただいたのは
jijiさんと私のやり取りにおいてだったとの事でした。
jijiさん、今度メアドもかいとかなきゃですね。
※そうそう、
snowyさん、こちらまで覗きに来て下さってありがとうございました。
よかったらまたお越しください。
Re: すべってまったがね..
投稿者:
ココロの親父
投稿日:2009年 9月27日(日)02時03分55秒
返信・引用
編集済
>
No.645[元記事へ]
niralaさんへのお返事です。
....というか、
レスをかえした唯一の人がniralaさんでした。
どうもでした。
(無題)
投稿者:
ココロの親父
投稿日:2009年 9月27日(日)01時55分48秒
返信・引用
結局、各情報の、破綻の無い整理法が完成してやったぞとばかり持論がまとまっても
「それ」ばかりは「こうであるものはこうとしか言いようなく」
「そうでないものはそうでないとしか言いようない」と言う様なところが
要所要所にあるのが「その」方面の事(...否、その方面等と言う方面もないんですが)ですよね。
それはその旅人同士がうなづきあうか愛であう以外無いもので
これは理屈で破綻無く言った方が勝ちと言う様なものじゃない。
勝とうが負けようが
そんな事は当の真理の方としてはあずかり知らぬ事なわけでしてね。
そんな訳で勝って手柄もなし、
誰を救いも癒しもしない、
クイズ王になる事もディベート王になる事も
オーソリティーである事も...曰く無所得。虚しい。
しかしただただ虚しいかと言うとそう言う訳でも無い。
何も説く事を仕事にせぬだけの事です。
敢て語るとするなら
そうした人の背中や足跡が
知らずその役は請け負ってくれていたりするでしょう。
心ある人、準備ある人に。
虚しいは充ち満ちの別名。
満月も新月もよし、と。
よき旅人
ありがとうございます。
Re: すべってまったがね..
投稿者:
nirala
投稿日:2009年 9月27日(日)01時17分35秒
返信・引用
>
No.636[元記事へ]
ココロの親父さんへのお返事です。
>
> ...いつかRさんに指摘された事だが
> Rさん達からすると私だけ真理関係の理解に「天と地程の開き」があるのかも。
> お呼びじゃなかったのに素人が出てっちゃったと...
> あなはずかしや。
っていうか・・・
私は反対のことだと思っていましたよ。
私も一時期彼をこれでもかと否定した時期がありましたが、今でも何か違うぞと思っていますから。
つまりは自我と真我を知っている風に話していても、実はあの中で真にそれを体験して生きている人がいるのか?という事です。
だからめくらがめくらをの喩えでしか無く、延々と続くただの話なのだと・・
ちょっと違う話ですが・・・
今月号の「ゆほびか」に、私が目指す脳の進化を逆に辿れば全ての人生上の悩みは解決するということを、既に何十年も言い続け、世界的に啓蒙し続けている方が載っていました、米国のどこかの州では彼を記念した祭日まであるようです。
彼の主張は・・・頭を一振り3秒で何回もフリフリすると、脳が一時的に情報処理不能になり、左脳と右脳の統合が起きて、原始脳の領域まで覚醒が深まり、結果的に子供時代の天国状態へ戻る事が出来るという主張です、注目に値するのは、それをやれば「思考の停止」が起きますよという下りです。
実は私の修行時代に、導引の一つで、足を肩幅に開いて両腕をぶらりとさせてから左右にぶらぶら頭ごと振るということをやっていましたが、これをやると意識が茫洋として来て確かに思考が静かになって良く眠れました、これは寝る前にやりなさいというものだったと記憶していますけど、昔むかしからちゃ〜んと有るんですよね、こういうものが、でもこういう方法を整理して理論的に指導する人材がいないことが問題です、まだまだ私も努力が足りないので、もっとこういう事を勉強して何らかの社会的貢献が出来るよう死ぬまでやって行きたいと思いました。
ありがとうございます
Re: 世界と自分--「類は類を以て...」ですね
投稿者:
ココロの親父
投稿日:2009年 9月26日(土)16時59分35秒
返信・引用
>
No.643[元記事へ]
jijiさんへのお返事です。
> 今夜また出立です 来週また覗かせていただきます ありがとうございます
あ、そうですか。どうぞお気を付けて。
そうそう、「一所則一切所」についてはまたお見えになった時にでもお話しましょうか。
ピントあってるかどうか分りませんが、
「一仏則一切仏」と言うところがミソだと思います。
ではまた。
(葉物やトマト...好いのあったら)
Re: 世界と自分--「類は類を以て...」ですね
投稿者:
jiji
投稿日:2009年 9月26日(土)16時49分7秒
返信・引用
>
No.642[元記事へ]
ココロの親父さんへのお返事です。
> そう言う事で宜しいでしょうか?
> 書き込みありがとうございました。
オヤジさん バッチリです
こんがらかるので書ききれませんでしたが 分かりやすく補足していただけました
今夜また出立です 来週また覗かせていただきます ありがとうございます
Re: 世界と自分--「類は類を以て...」ですね
投稿者:
ココロの親父
投稿日:2009年 9月26日(土)12時41分46秒
返信・引用
編集済
>
No.641[元記事へ]
jijiさんへのお返事です。
jijiさんが書き直すところをたまたま見てました。
タイトルのところです。
「るいとも」と最初書いてあったでしょう?
そこって詰まり...
> この目に映る世界の構成要素は
> 人類個々の認識を多数決的に反映したものなのではないでしょうか?
と言うところですよね。
白光関係でも何でもない方の為に
ありきたりな言い回しで説明しますが、
人の想いの、世界への反映のし方と言うのは
「想いが映る」と言うより
「想い」には「類を以て集まる」性質、特徴があって、
厳密には「類を以て集まった」雲が月に懸かったり
「類を以て集まった」海の藻が身体にからんだりする様にして
あるんですよね。
しかしながらむら雲は鑑賞者たる地上に漂うモヤモヤではあっても
まんまるお月さんにとっては何もあずかり知らぬものだと。
例えば、この間まで効いていたペニシリンの効力が
新薬にその座をとって替わられると言うような事がままあります。
それは、ペニシリンと言う画期的な発見に「これは効くに違いない」と言う想いが
人類意識において圧倒的になった時代がある訳でして、
それが新薬の発見に際して薄まったり取って代ったりと言う
人類綜合の認識の多寡に大きく左右されている訳ですよね。
自分があの戦争を創った訳では無いと言う場合の「想いの世界への反映のし方」も
「るいとも」の想いの黒雲の集積に負うところが大きい。
積もった雲は端的に雨降って散消する性質によって雨降る。
故に日々、よく、牛のゲップが空に集積して温室効果ガス層になっている、
なんて言うのがありますが、
丁度そんな感じで胸からモクモク黒い雲を日々立ち上らせつつ暮らすのか、
そうしたものを吹き払う白い光を放射して暮らすのか
と言う選択が、私達には何時もあると...
そう言う事で宜しいでしょうか?
書き込みありがとうございました。
世界と自分
投稿者:
jiji
投稿日:2009年 9月26日(土)12時13分12秒
返信・引用
編集済
こんにちは ごぶさたです。
九月下旬ですが日中はまだまだ日焼けしそうな暑さですね。
一文さんの掲示板を見ておりまして私なりに思ったことを書きます。
あまり大勢さんと会話するのは苦手だし時間も余りないのでいつもこちらに書かせていただいています。
この目に映る世界の構成要素は
人類個々の認識を多数決的に反映したものなのではないでしょうか?
それが視界範囲10mになったり一人の部屋にいたりするにつれ
人類意識のうちに自分の認識が占める割合が大きくなり
より一層「世界や事象は自分の創作」色が強くなるのじゃないでしょうか?
そして、その全てを観る自分の受取り方が加わって
自分の中で再構成される世界の実情は「自分監修で」構成されるから、
そういう意味で世界は自分の創作と 初めて言えるのじゃないでしょうか?
目の前の事であれTVであれ、私たちは「見る」というときに「再構成」された脳内世界を見ているのでしょう。
何十年も生きてると慣れてきて、その再構成作業が瞬く間なので見落とし勝ちながら
そこに「再構成のタイムラグ」がはさまって事象と接触している。
そのことを指して「いまみよ」「そのままにみよ」といわれるのでしょう。
孤独とはそのまま
投稿者:
ココロの親父
投稿日:2009年 9月26日(土)10時33分19秒
返信・引用
孤独とはそのままに
異端とはそのままに
なあなあより一層奥深いところで感じる
全体との一体感を伴っているものなのだ。
それをどこかで感じ取れる事が彼を支えている。
「独自」のみが「普遍」に至る。
新価値だけが価値ある。
(面倒だが何度も言う、奇をてらう意味では無い。
奇をてらうと言うのもまた周囲追随の一種なのだ)
知らず人類として臨んでいる
投稿者:
ココロの親父
投稿日:2009年 9月26日(土)10時00分22秒
返信・引用
http://www3.ezbbs.net/12/nirala-2005/
ニラーラさんのところに朝から書きこみをさせてもらったが、
書きながら思いました。
瞬ちゃんともここで話すように
道連れもガイドも無い孤独な旅になっても、
「真っ直ぐ」あたって自分と言う種子を生きる人生は
主婦業、農業、林業、商業とわず
「人類として事に臨んで居る」事なのではないか?ということだ。
単独である事
一人無人の荒野に分け入る事は
(奇をてらう意味でない事はお互い分かった上の話、道に対してなあなあでなく敬虔に臨むと何時かそういう時期を通らざるを得なくなる事がある)
即、一人としてではなく人類として一事にあたっている事なのだと分かった。
たとい夕餉の支度と言う仕事のせつなであっても
「われを忘れて」と言う一瞬は即
「人類として」になっている一瞬なのだ。
Re: 今年の灰は
投稿者:
ココロの親父
投稿日:2009年 9月25日(金)11時26分51秒
返信・引用
>
No.637[元記事へ]
瞬間フレッシュさんへのお返事です。
すごいねこれは!
ほんとにリアルなローカル中継。
いや、UPありがとう。
BBSって、私ら世代なりのリアルtwitterなんだね。
あらためて繋がり感あじわってます。
今年の灰は
投稿者:
瞬間フレッシュ
投稿日:2009年 9月25日(金)10時35分32秒
返信・引用
桜島の爆発回数の多さと風向きのおかげさまで
今年は毎日のように火山灰が降ってます。
雨が降らないものですからこの2ヶ月間、落ち着く気配もありません。
ちょと放っておくと部屋中、砂だらけになります。
洗車は毎日、玄関の灰流しも毎日。。
すべってまったがね..
投稿者:
ココロの親父
投稿日:2009年 9月25日(金)03時46分27秒
返信・引用
編集済
一文さんとこの掲示板で、おととい
流れの中でふと思った事をコメントしたんだけど、
何だか流れを止めてしまった。
すべっちゃったのか、自分だけ異質だったのか
会話の流れのみならず掲示板自体を二日近くストップさせてしまった様だ。
一文さん、失敬失敬。
...いつかRさんに指摘された事だが
Rさん達からすると私だけ真理関係の理解に「天と地程の開き」があるのかも。
お呼びじゃなかったのに素人が出てっちゃったと...
あなはずかしや。
そう言う時の実感については
てっきりみな普通にそう感じてると思ってた(汗)
浅かった。
KY KY...
Re: 今年も咲いた
投稿者:
ココロの親父
投稿日:2009年 9月24日(木)23時58分18秒
返信・引用
>
No.515[元記事へ]
瞬間フレッシュさんへのお返事です。
以前のヤツ。
Re: (無題)
投稿者:
ココロの親父
投稿日:2009年 9月24日(木)23時39分12秒
返信・引用
編集済
>
No.633[元記事へ]
瞬間フレッシュさんへのお返事です。
> 天空へ飛び立つ極楽鳥花
そう、私も極楽鳥花を
コントラスト強く、彩度高く、
upしてくれないかなと思ってました。
サンキュウ!。
それと、空の色、何時ごろの鹿児島の空だろう...
すばらしいね。
(無題)
投稿者:
瞬間フレッシュ
投稿日:2009年 9月24日(木)21時19分31秒
返信・引用
天空へ飛び立つ極楽鳥花
放送局
投稿者:
ココロの親父
投稿日:2009年 9月24日(木)13時14分29秒
返信・引用
この脳みそは
目隠し耳隠しで制限の加わった「わたし」なのではなく
よく出来たコンバーターの入ったチューナー、アンプだと思われた。
少年の私には。
放送をより良く受信して、増幅して、
何も足さない加えないで純粋に音にし、形にして表現しようとするところにわたしの生き甲斐があった。
放送局にわたしもそれもある。
ここで言っているのは、仕組み上の、スピーカーが何もので、
アンプが何もので、放送者がだれでという図式虎の巻への興味のことなのじゃない。
放送が流れている、キャッチする、顕わしていく、
と言うところに人生は「先ずある」と言う人生観の事を言っています。
世界はどう見えるとか、私の皮とあんこの話とかのウンチクに人生があるのではなかった
と言う私達の少年、青年時代をただ懐かしく話している。
この仕事をしていても、
「あ、この人は放送を聴いてる人だ」
「あ、この人はキャッチしてる」
「あ、ソコからしゃべってる」
と言うのを見付け他時の嬉しさ。
そう言う連帯感は生きる支えだったし、
孤独な旅の支えにもなった。
内ポケットにいつもトランジスタラジオだ。
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