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野の百合の生きる道 谷口雅春
野の百合の如く自分は生きたい。
野の百合は労めず紡がない。
野の百合に野心はない。
野の百合は平和である。
野心のあるところに平和は来らない。
世界に平和を持ち来したいと云う野心にしてもだ。
野心によって平和が来ると思うのは、
木に縁って魚をもとむるの愚に等しい。
自分も世界救済の導師になろうと思ったことがある。
世界救済の導師となるには、
自分はひろく世間にみとめられねばならない。
自己宣伝、手段、方便、策略が続出する。
おゝ見よ、吾が敬愛する『懺悔の生活』の導師にしても、
かれは『懺悔の生活』を説きながら、
かれは『謙りの生活』を説きながら、
その機関誌の第一頁を飾るものは、
自己吹聴のほかに何があるか。
みづからを謙るものは、
黙々として『道』にある。
野の百合は高座から『道』を説かない。
かれは唯『道』を生きている。
『道』は近きにある。
野の百合は与えられた谷間に安住して、
与えられた養いを吸いながら、
みづからに許されただけの美しい花を開いて、
枯れる時が来れば黙って枯れる。
かれは与えられた谷間から出ようとは思わないし、
与えられない養いを吸おうとも思わない、
与えられたままの色と形との花を開いて、
天命からハミ出そうとは考えない。
茲に『道』がある。
野の百合は『道』を生きている。
野の百合は人を救おうとは思わない。
かれは自分で『道』を生きるだけである。
『道』を問うものがあれば、
黙って自分の『生活』そのもので答える。
自分は千万円を手に入れて、
あらゆる世界の貧民をば、
もう再び困らないような施設を造ってやりたいと、
はづかしいがこんな野心をもったことがある。
それには先ず金をこしらえねばならない。
どうしたらそれだけの金が出来るか。
考えると夜の目も眠られないで、
貧しい人の生活が目にちらつく、
富豪の豪奢な生活が目にちらつく。
貧民への憐憫、
富豪への呪詛、
それが愛であるにしても憎しみであるにしても、
それが煩悩である限りに於て、
自分を縛る枷であることに於ては一つであった。
煩悩のあるところに平和はない。
みずからさへ平和を得られないで、
世界に平和がもち来せるか。
−−多くの社会革命がその目的を達し得なかった理由が此処にある。
されど見よ、茲に真に平和の道がある。
野の百合は貧民を救うための
運動費を儲けようとは思わない。
試みに野の百合の前に立って、
『兄弟よ、俺は飢えている、救って呉れ』と呼んで見よ、
百合は唯自己のもてる限りの球根を差し出して、
『兄弟よ、これで満足して呉れ』と云うであろう。
茲に真の『道』がある。
茲に真の『安住』がある。
野の百合は『道』を説かず、
また千万円を『貧民』のために施そうとは思わない。
かれは与えられた谷間で、
与えられた養分に満足して、
天命のあるだけの生活を営みつつ、
虚偽も策略も権謀も術数も大乗も小乗もなく、
社会改革者になろうとも思わないで、
又世界救済の大導師になろうとも思わないで、
凡人の如く生きている。
その生活そのままが大導師である。
茲に『道』がある。
それは凡人の生くる道である。
誰にでもしようと思えば今から出来る道がある。
誰にでも出来る道でなければ道ではない。
野の百合の生きる道−−おゝ茲にその道がある。
自分は今からこの道を歩みたい。
自分は今からこの道を歩みたい。
『けれども世の中には色々の役者が居る。
皆なが野の百合になって了ったのでは
世の中が成り立たない。
進歩は野の百合でありたくない人から生まれたのではないか。』
こう云って自分の妻は尋ねる。
『おゝ進歩?
お前は夢を見ているのだ。
この世の中が人間の野心によってどれだけ進歩したか。
高い高層建築物、
これが進歩か?
美しい模様ビロードのリオン・ショール、
これが進歩か?
驚くべき多数の医学博士、
これが進歩か?
世間はお前の云う通り進歩したが、
お釈迦さまの生まれた三千年の昔から、
その進歩にも拘らず人間の悩みがどれだけ減ったか。
進歩すればするほど人間の悩みは増すのだ。
その原因をお前は考えて見たことがあるか。
それはその進歩が人間の野心によって支えられた進歩だからだ。
野心を放下せよ。
そこに進歩でない進歩、魂の進歩がある。
自分は野の百合の如く生きたいと云うけれども、
自分の云うのは万人に野の百合になれと云うのではない。
お前はお前であれ、
そこに平和と安住とがあると云うのである。』
野の百合は薔薇の花を咲かそうとは思わない。
野の百合は自分に許されただけの花を開く。
そこに無理がない。
野の百合はその根に馬鈴薯を生もうとは思わない。
野の百合は自分に許されただけの百合根を生む。
そこに無理がない。
これは野の百合でないものについても同じことだ。
薔薇が薔薇の花を咲くのは当然過ぎる。
薔薇が自分の云う『野の百合』的に生きる時、
無理も野心もなしに薔薇の花が咲ける。
社会革命家よ、
世界救済の大導師よ、
無理と野心とを捨てても尚、
百合がおのずから百合の花を開くように、
薔薇がおのずから薔薇の花が咲けるように
何の無理もなしに素直に
君が革命や救済に成就し得るならば、
それもまた『野の百合』の生きる道である。
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