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カリスマ

 投稿者:ココロの親父  投稿日:2009年11月21日(土)04時18分53秒
返信・引用
  カリスマ主婦とか
カリスマモデルとか、
カリスマ美容師ね。

皆カリスマ芸ひとつ持ちたいのが今の人たちかも。

でも、そういうのに夢中な人たちが指差して笑うような「だっせえ」人が
実は
カリスマのカの字も知らない道の真人だったりする。
 

友人に聞きたいが

 投稿者:ココロの親父  投稿日:2009年11月21日(土)04時07分47秒
返信・引用
  スピへの関心を毎日示して暮らしたり、
書き込みしたりしてるのってなんだか
人生百般について
それそのものや
醍醐味より
ポイントだけ気にして生きてる様な気がしない?

言い方を替えますと

スタンプラリーしてるようなさ...

何であれ物事突き抜ける位やると
真髄の領域に穿ち要らざるを得ない訳だから

つまり
目指すところは結局TVチャンピオンの
グルメ王とかスイーツ王とかラーメン王とかサカナ君じゃないのかな?


現代においてはそういうのもジャンルごとに一つの花はあるよね、確かに。
 

時節らしい仕事

 投稿者:ココロの親父  投稿日:2009年11月20日(金)13時42分59秒
返信・引用
  この恒例の仕事で今シャカリキだけど
やっぱりこう言うのは好きだわ。
ある瞬間「降りてくる」が必ず1度はある。
 

道元さんも言ってたじゃない

 投稿者:ココロの親父  投稿日:2009年11月19日(木)08時26分29秒
返信・引用
  ああ、思い起こせば
田舎が檀家である曹洞宗の修証義だとかに、
道元さんが「仏道を習うは自己を習うなり、自己を習うは自己を忘るるなり、自己を忘るれば万法に証せざれるなり」と書いてましたよね。

ドンピシャでした。
 

(無題)

 投稿者:ココロの親父  投稿日:2009年11月18日(水)11時58分21秒
返信・引用
  >意外な事にその「自分の」の事がすっかり飛んじゃってる時に
>その人はもっとも「愛」と「幸福」と「才能」と「その人の資質」に輝いてお
>り、その人らしい。


その時活動してるのは差し詰め「スーパー・アイ」だ。
「スーパー・ミー」じゃない。
「ミーのため」は忘れてる時「アイ」になってる。
 

二つのシンプルなキーワード

 投稿者:ココロの親父  投稿日:2009年11月18日(水)03時27分9秒
返信・引用 編集済
  (1)われを忘れる
(2)自給他足 他給自足

多分長くなるから忘れないウチに要点ふたつ
書きだしときました。

Yさん、Cさん、
「自分で捧げる」事は大層な事でなきゃと思わなくて好いのです。
大仰である必要は無い。
赤ちゃんの笑顔が父母を生かしてる。
角のたばこ屋のばあちゃんの笑顔がこの町内に若し無かったら
埋まらない穴があり、
路地の豆腐屋が無いとこの町の朝は何となく明けた気がしない。

私である事の掛け替え無い「偉大さ」は何時発揮されるかと言うと
キーワードは、一つ目の「我をわすれてる」時です。

図らずも兄貴も言ってた、「真我と自我が出会う事は無い、
真我が居なくなった時に自我が顕れ、自我が退室した時裏から真我が入ってくる」と言う様な事。
これがつまり「我をわすれてる時」人は「本当の私に立脚」出来ており
「愛」そのもの「クリエイター」そのものになって居ると言う事だ。

「ええ?でも私そう言う瞬間滅多に無いよ」と仰る方も心配無用。
人は案外、「我を片時も覚えて居る」訳じゃない。
実は相当「我を連続的に自覚してる時間」は少なくまばらなのじゃないだろうか?
ただ、自覚してた事にしないと、なんか今日一日サボって生きたような気になるから、
人はその細切れな「自覚時間」を繋いで自分を納得させている気もします。
その小心者を「自我」と言う訳なんでしょう。

良く「自分を許し」「自分を活かし」とか「先ず自分を愛し」とか
「自分を褒めて上げたい」とか言うし、
「自分らしく」とか「自分にご褒美」とかも言うけれど
意外な事にその「自分の」の事がすっかり飛んじゃってる時に
その人はもっとも「愛」と「幸福」と「才能」と「その人の資質」に輝いており、その人らしい。

それがつまり
人は、あるいは総ての生命は
その本質に於いて
「自給他足」「他給自足」と言う特性に出来ていると言う事だ。

話が飛ぶが
キリストの愛にはベクトルが無かった。
「誰かを愛する」と言うベクトルある愛は
誰か以外の総てに向かないベクトルだ。
キリストと言うコップから溢れた水は地のひび割れをつたい
低きへと流れ必要な人を潤した。
ベクトルの無い(XVZ軸000)の愛はベクトルが点だ。
ベクトルが点と言う事は何処にも行く必要が無く宇宙に充ちていると言う事だ。

微笑んだ赤ちゃん同様、没頭した時の働く男の姿が好いというのは
皆「我をわすれてる」時にその胸から漏れ輝いている何かを感ずるからだ。

と言うところで、一旦一段落としましょう。

続くかどうかは未定。

と言う事で....


※本日のmixi日記より
 

カレーにはピクルス液

 投稿者:ココロの親父  投稿日:2009年11月18日(水)03時25分18秒
返信・引用
  写真無しの食べ物の日記を、
久し振りに書くのも気が引けるのですが
余り余裕が無い、勘弁です。

カレーにマンゴチャツネが合うのはもう黄金級の常識です。
アンズジャムなんかでもそうですが、あったかいものに入るとグッと酸味がます。
平たく言えば「酢」でも好いんですが、
カレーには「酸味」がすごく好い「味の足腰」になる。
私の最近のお気に入りは良く出来たピクルスの液を大さじ一二杯かけるのが好きです。
ついでに玉葱なんかのピクルスも二切ればかしのっけて食べてます。
夜食にいま、レトルトのカレーなのです。
チョコだのコーヒーだの言うのは賛成出来ないな。
スパイスも何もくるみ込んでしまってアジが鮮やかじゃなくなるから。
デミグラ系にコーヒーと言うのは分る。
カラメルの苦味が欲しいアイテムですから。

普段は忙しい時ほど日記を書く私ですが、
その余裕が無いのが、かえって仕事がまばらな時かも知れません。
特に私観たくコンテも含めて色々やってる絵描きには、
描けども描けども1/10にまで落ち込んでしまってる絵の単価の事もあって、
かえって入稿に追われての忙しさの方が気持には余裕があると言う事なんでしょうね。

夕方食事しながら珍しくつけたTV,「ハローワーク」前で、向けられたマイクに
「中々働き口なくて困りますね」なんて答えてる人が映ってた。

お前未だ分ってないのか?と思った。

俯瞰すると此の世のありとあらゆる物を含めた経済的営みの輪は、
この輪の真ん中に夫々が、自分の産み育んだものを差し出すのだ。
それが適切な物の手に、適切なものが巡って行き渡る。
そうやって幾億年と回ってるのが、地に足のついた(自然の環に連なった)「生きる意味」でもある。
なのに、何を差し出すでもなく効率良く分け前だけ転がしたりかすめ取ったりして自分の手元が安定する事を「仕事」だと勘違いしてるヤツが殆どと言う
情けない社会を構成していて、
その事に未だ気付かない。
「働き口はないか?」といって、何かさしだす道でなく
ぶら下がって頂く事ばかり考えてる....
そんな気持がふとよぎった。

日航の年金だって、「企業にお務めする」と言う事はそう言う事じゃないか?
企業が厳しかったら企業の都合でどうにでもと言うのが
人様の仕事のお手伝いをする、つかまらせてもらう、お務めすると言う道じゃないのか?
そう言うリスクをハナから承知で選んだ道じゃないか。
お務め出来た間、(自分の夢が曖昧だったのに)一つの大きな夢に参加させてもらえた事が先ずは報酬だろう。

日本の食の自給率でも分るように、
実際に分けられる何かを産み、差し出してる人は僅かだ。
仕事と言うのは勿論食えなきゃ苦しくて堪らないが、
即効代価が回ってくると否とに関わらず先ず
自分と言う資質から世界に産み差し出せる何かを差し出さなきゃ。
それが私の仕事と言うものなのであって、
報酬は賞賛や感謝が形を変えて巡ってくるものなのじゃないか?
それを先ずせにゃ。
「働き口がなくて困ったもんですね」と言ってる場合か?
と思った。

私も今決して食えてないけれど
何十年と変らず「仕事」はしている。
食えるのは納品先ばかりと言う皮肉はあるが、
これも何かのきっかけかも、と、
仕事の合間に別の努力もしてみている。
だもんで
こんな余裕の無い日記を書いてると...

※先ず互いに自分の中の本物と、社会の中の本物を正しく評価するセンスを取り戻す事が
1番根本的な経済対策だろう。

皆良きものをなす為に頑張れる社会にしよう。

皆でがんばりまっしょい。
先ず自分の仕事果たして行きまっしょい。


※昨日のmixi日記より
 

合議制の上の妥当もまた然り

 投稿者:ココロの親父  投稿日:2009年11月15日(日)15時27分8秒
返信・引用
  何百人の有識者、賢人の合議で妥当とされた事も、
出された非の打ち所の無い「結論」も、
「ほんとう」である事とは別問題なのだ。
「美」も正に「妥当」とは無縁で、
その二者は一度もすれ違う機会すらない。
 

優秀かどうかと....

 投稿者:ココロの親父  投稿日:2009年11月15日(日)15時22分36秒
返信・引用
  優秀かどうかと天来かどうかは別の事

それは、ある数字の更に半分というのを永遠に刻み続けても
ゼロとその数値は永遠に別物と言うのに似ている。
なる程優秀...であっても
別は別、全然違うものなのだ。
 

文章にやられてしまう...

 投稿者:ココロの親父  投稿日:2009年11月15日(日)12時41分17秒
返信・引用 編集済
  「モノの色や形を見る、という働きは、モノの色や形と全く同じ位置で起こる。
例えば、そのモノが夕日であったとしよう...」

http://sosekken.net/

これは、何時も身内の話で恐縮なんだが、
兄貴の最新のコラムの書きだしの所の文章だ。

この人が正しい事を言ってるだの、
新しい事を言ってるだの、
高度な事を言ってるだの、
そんな事で目を皿にしてる人とは別な目で私は魅かれる。

それがあればもう充分と思う。
彼は言外にそこを指さし済みにしてしまう。

例えばハンバーガー屋さんで「フレッシュネス・バーガー」なんてのがあるが、
あそこでは古いサイモンとガーファンクルが掛かってたりする。
アユだのエグザイルだのでは無い、その時点でもうのれんで客を選び終えてる。

そんな違いが、スピ系の中でもたった数文字で完了しているものなのだ。
そのバイブレーションが示す先を把握すれば、
もう数文字でチューニングが済んだりするのだ。

それは何も文に限った事では無いが。
接するなりチューニングを済ましてくれる力に負うと言う事だ。
その意味で、「それ」はシンプルだというのだ。
 

ご同輩諸氏に書いてもらおうかな

 投稿者:ココロの親父  投稿日:2009年11月12日(木)07時42分24秒
返信・引用 編集済
  皆夫々の味の揮毫の書ける年齢になって来た。
「侍」の一文字、書いてもらうのも良いのじゃないかと思った。
何も自前の決まり切った字である必要も無いだろうと。
「日本」「道」「誠」なんかもサイトには合いそうだ。

私等年配で、それぞれの人生の道で精神性や法則性を見出し、道にまで穿ち入った人達だ、
東風あり弘法あり鉄舟あり南洲ありのはずだから夫々の味が面白い事と思う。
皆互いにそう言う歳になってきたのだし、
そう言う楽しみもこれからは多い。
詩歌や書画というものは不思議なもので、
年齢とともに生業が法則にかなってくるとその道の「呼吸」が出来てくる。
(肉体次元を離れてる時って呼吸してない時だそうだ。
だからそう言うアクセルワークみたいな、ミシンの踏み加減みたいなものが呼吸でなされるのかも知れない。それはとりもなおさず仕事に含ませる「光量」の調整でもある。
その事を「やり方を忘れるな」では無く「呼吸を忘れるな」と教えるのだと思う)
その呼吸がそうした書画詩歌の所作と噛みあってきて
自然と回路が一致してくるものの様だ。
後は計らい少なくただ味に「出て来る」
 

侍文字

 投稿者:ココロの親父  投稿日:2009年11月11日(水)01時42分20秒
返信・引用 編集済
  やっぱりこういうのはこお....
大きな板張りの部屋で、大筆を墨にドップリ浸して
ブシャッとやらなきゃ無理ですよね。
ぺんてる筆ペンでチョコマカっとやってもスケール感が出ない。

取りあえずこれで済ませといて、
ドタバタが過ぎたら精神集中してやってみよう。
 

だからこそ

 投稿者:ココロの親父  投稿日:2009年11月 9日(月)01時23分34秒
返信・引用
  無限を展開し得るのだ。  

それはあなたの個人的意見に過ぎない?

 投稿者:ココロの親父  投稿日:2009年11月 9日(月)01時22分10秒
返信・引用
  と言う言葉をよく見ます。

少なくとも二点に於いておかしい、
と言うか、一点もおかしくないところが無い。

完全なる個人的意見が神なのだ。
誰かと一致する光を放つ穴はむしろ光源が個別なのだ。

真理は、指さす先に於いて一致するのでは無く
基点に於て同一なのだ。
 

生業の日常

 投稿者:ココロの親父  投稿日:2009年11月 7日(土)00時56分21秒
返信・引用 編集済
  何十枚のイラストの納品がかち合う日がいきなり出現したりする。
そう言う日には、例えばこの(彩色前の)線画は、
野口英世博士のものであるが、連載の文章原稿を読み、資料作り、描画納品までが
一時間前後だったりと言う事もままある訳だ。

この線画は習字紙に青墨と言う比較的薄い墨で描くから、
否応なくもたもた出来なくて一筆書きになる。
一瞬ためらったらもう大きなシミのたまを作ってしまうからだ。

この絵が完璧などと言うのでは無い。
しかし、二度と無い、完璧を尽しても出せない、
一回きりの不完全と言う完全がこうして厳然と残る。
これを二度は無理なのだ。
後から観るとあんなところを出発した線がこちらで落ちている。
誰がやったんだ?と言う理屈の跳び越え方を
「誰が」ではなくしてるのを後からはじめて知ったりもする。

これは「小智小才」「人知」でも出来ないが、
「それ」にも実は出来ない。
「それ」に接して「私」が描き
「私」に接して「それ」が描く。
目まぐるしい出入りと融合と分離が流れの中で起きている。
こう言う出入り自在の仕方が「ゴゴノ」領域で自然に踏まうべきものと思う。
取り立てて精神世界と言う様な気張ったものでなくとも
それは「天分」に活きる日常のものとして万人に有り得べき茶飯事なのだ。
 

HPにパスワード掛けました

 投稿者:ココロの親父  投稿日:2009年11月 4日(水)19時42分16秒
返信・引用 編集済
  と言うのは、この新サイトはHPと言う役目以前に、
実は海外の映画制作会社さんむけのポートフォリオ替わりなんですね。
たまたまありそうな人員入替え時期にチャレンジしようと言う事になって。

今の国内での私の現状は、
どんなに超絶的なイラストを描いてもイラスト一枚辺り1000円行かなかったりするんですよ。
これは本当です。

つまり一桁低い稿料になってるんですよ。
それまでだって安すぎますけど、そのゼロ一つオチ。
考えられないでしょう?

去年働いた分で踏み倒されそうになってたのを
先月末やっと一桁下って支払ってもらえるようになったりね....

今の多くの企業は内部にクリエイティブの技能やノウハウは残っていなくて
殆どは外に居るプロがプロジェクトの本体を創造してます。

また、その外のプロの内の少数が実際のプロです。

しかし、報酬は先ず企業に勤める人達を食わせた後の残りが私達に届く訳で、
今のご時世ではその分が無いんですよね。

まあ愚痴っても始まりませんが、
ちゃんと是々非々で仕事出来る先を考えざるを得ない状況だと言う事ですね。
やった人がやった、
良いものが良い、
そう言う意味の当たり前の場所=是々非々な場所ね。

私達は働き口世話せえ、
つぶれても年金よこせ、何も出来ないけど、
なんて言える殿様じゃないのでね。

な訳で、多くの社外秘の仕事にかかわってきた私としましては
クローズのwebポートフォリオにして色々作品をアップロードしてる最中だと言う事です。

時期が来たら中身を整理して、普通のHPとして公開するようにします。
と言う事で宜しくお願いします。
 

samurai painter

 投稿者:ココロの親父  投稿日:2009年10月29日(木)04時30分49秒
返信・引用 編集済
  ↓のwebサイト、
「samurai painter」と名付けてみた。

未だ試行錯誤中だけど、
そう言う気概が必要かも、と思う。

ボリュームゾーンに居れば保護される安全な社会の
外で是々非々の勝負する気なら当然そうかも。
 

HP構築中です

 投稿者:ココロの親父  投稿日:2009年10月28日(水)11時48分37秒
返信・引用
  海外のお客さん向けに急きょ...と云う感じで

http://web.mac.com/mitsunorin/

付け焼き刃な物で有り合わせでバタバタと....
どうでしょうね?
見え方は。
 

つまり

 投稿者:ココロの親父  投稿日:2009年10月26日(月)13時41分14秒
返信・引用 編集済
  工業化を進めた前世紀のモデルケースでなく
食糧危機の観点からも、
地球緑化の観点からも、
経済再建の観点からも
今地球上の到るところから「理想の未来像」としてお手本にされているものは
更にもう一世紀前の日本に既に完成されていた社会システム、規範、技術体系にあると言うのだ。

これ本当の話です。

そう、「今の普通」が「普遍」なのでは無い事を
そこに生きる当人達はかえって発見出来てない事が多いと言う事ですね。
 

まっとうと異端

 投稿者:ココロの親父  投稿日:2009年10月26日(月)13時11分33秒
返信・引用
  http://6311.teacup.com/papa/bbs
「フリーハンドイラスト塾」に久し振りにトピックを挙げた。
ここにある「ストーリーボード」と云う仕事は
「CM絵コンテ」と言う仕事と、国内に於いては同義語になっているが、
私の場合元々国内で通っている「CM絵コンテ」の特殊な画一性やルーティーンを知らずに来た為に
グローバルな意味での「映画」のコンセプト・ドローイングに見合う仕事で応えてきた。

これは、その業種の「世界」からすれば異端な事だ。
しかし、グローヴァルな意味での私達の仕事の役どころからすると
その「業界」の方が異端な特殊な村をなしている。

そうすると何が起るかと言うと
つまり、本来の意味のプロがしなければならない難易度の高い仕事が来て、
報酬だけは一般的クリエイティブ業界の方達以下という
プロ、アマ逆転した状況が起ってくる。

社会的評価としてはボリュームゾーンの平均と違うと言う事で「職能低劣」査定になる。
異端と言うのは上でも下でもただの異端な訳だ。

景気対策にしても「雇用の拡張」と言うように
「ボリュームゾーン」の保護が講じられる訳だ。

だから、私としては「イラスト塾」で
絵描きの本物を育てたくはありつつ
横並び村からはじき出される絵描きの例外人生を強要する事になってるのかも知れないと言う
ジレンマがあります。

村では、「地平」とは村の囲いの事であってそこが広大な世界であり天地なのだ。

こと21世紀に入ってからの経済政策は
そうした囲みの多くを取り去って
総ての人の持って生まれた本当の花がそのままに花咲かれて
その事を持ってボリュームゾーンとなす括り方に先ずシフトしないと
個人と国と世界、供に自然に伸び拡がる経済成長は望めない事になると思うし、
そこにしか本当の経済対策は無いと思っている。
良きものが善しとされ
有益が有益とされた時に
人心の本当の頑張りが発揮されてくるのだ。

そう言う事で、私のイラスト塾では、
過渡的状況として「異端=ボリュームゾーンの落ちこぼれ」の憂き目を見たとしても、
やはり善きもの、美しきものは世界中何処でも真善美であるように、
どこでも通用するものを身に付けて欲しいと思う。

現状「世界」と認識されている特殊な村でだけ
食っていくためのテンプレートや通貨や虎の巻を与えたいとは思い難いのですね。
 

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